巨匠の嫉妬

先週の水曜日、秋田出張から東京に戻り、渋谷で映画を見ました。映画なんて本当に久しぶりでした。「ル・コルビュジエとアイリーン 追憶のヴィラ」という映画です。
アイリーン・グレイという名前、実は聞いたことがなかったのですが、20世紀のモダニズム全盛期に活躍した女性の家具デザイナーです。映画はコルビュジェが彼女の才能を嫉妬するという何とも面白い視点で描かれた内容です。コルビュジェは「近代建築の5原則」なんていうキャッチーなコピーで、白く幾何学的な住宅を量産しました。モダニズムとは鉄、コンクリート、ガラスという20世紀に誕生した材料を使い、それまで石で閉ざされた装飾的な欧州建築様式にとっては、まさに革新的な建築様式の誕生でした。世界中どこにでも建築できる風土とは切り離されたインターナショナルスタイルだと言ったわけです。

そんな機能主義が開花した時代に、コルビュジェはメディアも上手く使い、その時代の頂点に登りつめ、今現在も現代の建築家に計り知れない影響を与えています。コルビュジェは住宅とは「住むための機械である」と言っています。ちょっと冷たい表現なんですが、それだけ無駄のない合理的な住まい、人間のヒューマンスケールで建築を考えていこうという意志がこめられています。

これに対してアイリーンは、映画の中で女性らしく、「家は人を包み込むものよ」と言っていました。海辺のヴィラを彼女は設計したのですが、地中海を気持ちよく眺められる、敷地を活かした気持ちのよい家です。コルビュジェを尊敬していたので、彼の5原則も取り入れています。ただ、彼女の場合、敷地との関係性を鋭く読み取っていました。どこにでも建築可能な理論ではなく、そこにしか成し得ない環境を読み解く力と、なにより人間を愛し、それを設計に置き換えることができた。

コルビュジェに人間愛がなかったのか?と思わせるくらい、意地悪な対比でしたけど、女性の優しさと感性は、あの頃のモダニストにはなかったのは確かな気がします。今は女性の建築家はたくさんいます。昔は建築は男社会で、閉鎖的でした。

彼女が設計した海辺のヴィラの側に、後にコルビュジェは小屋を建てます。カップマルタンの休憩小屋と言って、とても有名な建築です。アイリーンのヴィラは、コルビュジェの小屋の近くとあってか、ずっとコルビュジェの設計だと誤解されていたそうです。さらにコルビュジェは一時、空家になっていたヴィラに入り真っ白な壁面に絵を描きました。「芸術にしてやったんだ」と言い放ちます。それほど彼女の才能に嫉妬し、彼女が建築の世界に入ることに圧力をかけたわけです。コルビュジェの最後は、そのカップマルタンの海で溺死します。なかなかドラマチックな人生です。

歴史に名を残す人物には必ず、したたかさ、があります。とてもマネできないです。のんびりやろう。

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# by satakearchi | 2017-11-13 20:49 | 日々のこと、暮らしのこと

生きた教材

設計という仕事は、雑学だと思います。日々生きていく中での経験、気づき全てが役にたちます。だから、苦役に満ちた(そうでなくてもいいけど)一筋縄ではいかない濃密な時間を送ったほうが、より良い設計ができるのではないかと思うわけです。

育児なんか、本当にそうで、これまで考えもしなかったこと、気が付かなかったことの連続で、それがそのまま設計のヒントになり、ストックになります。

たとえばキッチンです。僕は週末の育児の時、ほぼ一日中キッチンで子供たちのご飯を作ります。そうすると、子供たちが何やってるの?って群がってくるんです。これが結構危ない。包丁は持ってるし、鍋に火をかけている。キッチンのワークトップって、だいたい800mmとか850mmだから、手が届いてしまう。それで手探りで、皿とかつかんだり、食べ物もってったり。まあ作業してて落ち着かないですよね。そういう経験から、ワークトップの奥行き、シンクのサイズとか、コンロの位置とか、安心な寸法がわかってきます。

あと、収納の開き戸はすぐ開けちゃうから、つまみを無くして、掘り込みにしようとか。吊戸棚って、高いところで使いにくいなあって思ってたけど、子供に絶対開けられないから、何て便利なんだろうと思ったりとか。いろんな気づきがありますね。

掃除がしやすく常に清潔で、安全で安心な住まい。机上では、頭だけでは考えられないことです。育児は雑学。子供たちには暴れまわってもらって、その都度なにかしらを吸収する。生きた教材です。

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# by satakearchi | 2017-10-30 05:17 | 日々のこと、暮らしのこと

2倍ではなく4倍

10月に入ってからというもの、やたら雨が降る。それもきまって週末に集中する。土曜日、日曜日だけ営業のコルブにとってはアンラッキーな月でした。それでも毎週来店してくださるお客様に恵まれ、なんて奥さんは幸せ者だろう。もちろん我ら家族も幸せだ。僕は毎度のことながら、奥さんが店なので週末の3日間はどっぷりと育児をやってます。それで、この雨に参ってるのは店主だけではなく、なによりも子供たちです。

外遊びができない!

一歳七ヶ月ともなると、まあよく歩き周るので、狭いマンションの我が家はメチャクチャに荒らされます。物を投げる、叩く、壊す。雨でずっと家の中だと、更なる修羅場です。でもまあ、ちらかったら片付ければいいし、壊れたらあきらめればいい、楽しく遊んでくれてればそれが一番ですね!

「双子?、可愛いわね。でも大変ね」

と、よくいろんな人に言われます。僕は正直、ここ最近まで後者の「大変ね」しか感じませんでした。ひとりだって育児は大変なのに、なんだってまたよりによって双子なんだと、何百回思ったことか。2人だから、二倍大変という感覚ではなくて、行動や事象が連鎖すると、二乗するというか4倍くらいのエネルギーが襲ってきます。だから足し算ではないんですね。双子の親なら共感できるかと思います。

でも最近は、少しずつですが、双子の育児は楽しいなと思えるようになってきました。大きな変化として歩き周れるようになったこと。そうすると、2人で適当に遊んでくれます。一瞬だけど放任できるようになる。ひとりっ子だったら、遊び相手がいないから玩具とかで遊ばなければならないし。とっくみあいで遊んでくれて、物を与えずにすむなら、なんてミニマムな育児だろうと思うわけです。まあ、そうも言ってられなくなる日は近いでしょうけれど。

佐竹勝郎建築設計事務所
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# by satakearchi | 2017-10-30 03:53 | 日々のこと、暮らしのこと

黒姫に

先日久しぶりに黒姫の別宅に行ってきました。
子育てもなんだかんだで東京がいいし、長野の家は売却しようかと不動産屋さんと打ち合わせしてきました。このブログをご覧の方で興味がある人はご連絡下さい。

久しぶりに行ってみると野草が成長していて、歩けるような状況じゃない。人がいなくなると、草木の生命力は増す気がする。動物にとってもいいだろうし。山に住むということは、自然の中に不自然さを持ち込み、人の都合の良い様に快適な環境をそこに築くということで、人がいなくなった場所は、さぞ清々しかったのだろう。凛とした山の空気に畏怖の念を抱きました。

子供達も一歳半で、結構歩けます。近所の砧公園なんかは、泥んこになるまで遊ばせられるけど、本物の自然の中は流石に何があるかわかりません。スノボで言えばゲレンデで滑るか、バックカントリーで滑るかの大きな違いです。終始おんぶに抱っこでした。一番やっかいなのがトゲのある植物と蜂。崖とか川とか地形の前に、そんな細かいことにリスクを感じてしまいます。でも家族みんなで行けて楽しかった。


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# by satakearchi | 2017-10-13 00:56 | 日々のこと、暮らしのこと

脱出劇


信じられないことがおこった。

土曜日の何でもない午前中、洗濯物を干しにバルコニーにでた。窓を開けていると子供たちも来ちゃうので、閉めて洗濯物を干す。閉じ込められたと思って、中では子供たちがギャーギャー泣いている。終わったので、さあ中に入ろうかと思ったら開かない。

えっ何で?。これってヤバイよね。

中からサムターンを掛けられた。まだ一歳半である。いたずらでいじって掛けたはいいけど、開けてはくれない。途方にくれる(ひまもない)。なんてことだ!。

鍋でラタトゥーユなんて優雅に作っていて、火にかけているしでまいった。(IHだからタイマーで消えるけど)。

幸いなことに、ここは地上階なので、バルコニーから外にでられる。パンツ一丁の情けない格好だったので、どうしたものかと思ったら、妻のローライズなジーンズが幸いなことに干されていて、さらに幸いなことにサンダルもあって、脱出の準備は万端!。

バルコニーから脱出して、急いで隣のマンションに住む大家さんのもとへと急ぐ。大家さんが隣に住んでいることの有りがたみ、これほどまでに感じたことがあっただろうか?

携帯も、財布も、鍵も何もかも家の中。まるごしとはこのことで、情けない旨をつげ、スペアキーで開けてもらい、事なきをえた。

仕事でコルブにいる妻にLINEする。ギョエー!だって。
ギョエーどころの騒ぎではなかった。一歳半の子供を閉じ込めるどころか、逆に閉じ込められた。まだ人生は始まったばかりじゃないか。この先が思いやられる。カワイイけどね。
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# by satakearchi | 2017-09-27 23:19 | 日々のこと、暮らしのこと